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【連載】早瀬利之の先人たちのゴルフ
作家・ゴルフ評論家 早瀬 利之
作家・ゴルフ評論家 早瀬 利之

はやせ・としゆき
昭和15年長崎県生。36年鹿児島大卒業。様々な雑誌記者のあと『アサヒゴルフ』編集長。退職後作家活動。『週刊文春』の他、『夕刊フジ』で「人間グリーン」を執筆。作品に『右手・戸田藤一郎伝』『遥かなるスコットランド』剣道関係では『気の剣・剣聖十段斎村五郎』。『石原莞爾・満州備忘ノート』『満州合衆国』『石原莞爾・マッカサーが一番恐れた日本人』『精国の杜の反省会』『偉人たちのゴルフ』など。

43年前46インチでかっ飛ばす ― 今道 潤三(元TBS会長)

日本人で46インチの長尺ドライバーを最初に使用したのは、今道潤三である。私が細川隆元対談を担当していた昭和47年頃はまだ45インチのカーボンシャフトだった。スリーハンドレッドクラブの4番ホールでのこと、ティーショットを終えると、白いハンチング姿の今道は長尺ドライバーを右肩に担ぐや、パイプに火をつけ、プカプカと煙をまき散らした。「どうだ、良い香りだろ。ガハハ」と私に笑った。後日長尺ドライバーの由来をTBS本社ビルに訪ねる。

会長室はパイプたばこの香りでいっぱい。片時もパイプを離さず、「ゴルフの飛距離は人間の肩の付け根からヘッドまでの長さ、それに重さ、ヘッドスピードに比例する。重さとヘッドスピードは体力、長さは身長だ。一番理想的なのは、デカイ男が重くて長尺のドライバーを振り回すことだ。300は超えて当然。でもな、日本人は体力で劣る。それならシャフトの長さで戦うしかなかろう?

今度46インチを使う」と鷲っ鼻を曲げて豪語した。この鷲っ鼻は整形手術が失敗した有形文化財、今道のトレードマークだ。大正11年頃の整形外科手術は動物の骨を乗っけた程度のものだった。原因は京大2年のとき、旧制第五高等学校からの同級生池田勇人が(他に細川隆元、佐藤榮作)京都に来たアメリカのプロボクサーに対し、柔道部員の今道に「勝てば賞金がもらえるそうだ」とけしかけたことにある。負けず嫌いの今道はリンクに上がるや、パンチを食らって鼻を骨折し、手術となる。

卒業後は大阪商船に入社。終戦時はサイゴン支店長を務めた。ここには多くの新聞記者が集った。サイゴンには欧州の情報が入り、記者たちは今道から情報をもらう。この時に知り合った毎日新聞記者の縁で、戦後ラジオ東京社長室の嘱託社員になった。ラジオ放送会社にはテレビ電波の使用許可は下りず、当時の佐藤榮作郵政大臣を口説いて、免許を取った。(当時、電波監理総局は郵政省内局の電波監理局となっていた)どんな寝技を使ったかを問うと「聞くな」と突っぱねられた。

今道は自ら報道部長に就き、ゲーリー・プレーヤーやパーマー、ニクラスが来日すると、大金を払って特別番組を製作した。また、赤坂の裏山を削って50メートル程のゴルフ練習場をつくり、レッスン番組を製作した。ついにはCBSからマスターズの放映権を取り、初の中継。

「人間、型にはまったら進歩せんのだ。飛ばないなら飛ばす手段を考えろ、とうちの役員たちには口酸っぱく言っとる。僕は50インチを作らせている。当たると300は間違いない。ガハハ」と高笑いした。

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