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【連載】 国際問題と日本の選択
拓殖大学特任教授/安全保障スペシャリスト  森本 敏

もりもと・さとし
1941年生まれ。防衛大学校卒。防衛庁、外務省、野村総研主席研究員、拓殖大学海外事情研究所長兼同大学・大学院教授を経て現職。その間2012年6月より12月まで防衛大臣歴任。専門は安全保障、軍備管理、防衛問題、国際政治。近著に「武器輸出三原則はどうして見直されたのか」(海竜社)など多数。

南シナ海問題と日本の対応

5月26日、中国が2年ぶりに公表した国防白書(中国の軍事戦略)は、日本語に訳されたもので11ページの出版物であり、日本の防衛白書(平成26年度版で506ページ)と比べて、とても国防白書とはいえるものでなく、透明性も極めて低い。中国軍の編成・装備・予算・配備・活動・多国間協力などについての細部は一切触れられていない。

その内容は、日本の「国家安全保障戦略」の中に書かれている戦略的アプローチに該当するようなもので、中国の軍事戦略の基本的方向を示したものである。国民説明用というより日
米両国を含む周辺諸国に対し中国の軍事戦略を強調するために出したという要素が強い。

この軍事戦略の持つ特徴は、(1)中華民族の偉大な復興を目指して強国強軍になる (2)海洋戦略を大いに重視して海洋強国建設のための戦略を進める (3)各領域における軍事戦闘の準備を進めることを強調している点にある。

中国は「<RUBY CHAR="韜","とう"><RUBY CHAR="光","こう"><RUBY CHAR="養","よう"><RUBY CHAR="晦","かい">」(実力がつくまで他に知られないように振舞う。爪を研いで爪を隠すの意)を鄧小平による統治の後に方向転換をしたが、今回の公表内容を見る限り、いよいよ中国がその本心を暴露して、開き直ったという感じを強くする。

周辺諸国を脅かすには、この方法がむしろ有効と判断したのであろう。

中国が、1980年代以降に南シナ海の南沙諸島に進出し、92年に領海法を制定してから急速に南シナ海南部の実効支配を強めてきたのは、91~92年に在比米軍が撤退した後にできた南シナ海における力の空白を埋めに出てきたのである。これと比べ東シナ海に中国海軍が直接出てこないのは、そこに在沖縄米軍の抑止機能が作用しているためである。

中国は、更に南シナ海の実効支配を強化するために2013年末頃から14年当初以降急速に埋め立て工事を進めてきた。東シナ海におけるADIZ(防空識別圏)設定(13年11月)の後、次いで南シナ海においてADIZを設定する準備作業を始めたと見られなくもない。

14年以降になり、7つの島嶼において始めた埋め立て工事を急ピッチで進めてきた。南沙諸島でこれら埋め立て工事が終わり、軍事施設(飛行場施設、警戒監視と航空機管制のためのレーダー基地、対空ミサイル、通信施設、補給処、港湾施設など)を進めた後に、戦闘機が配備できるようになるのを待って、南シナ海の中に引いた九段線に沿った形でADIZを設定することは大いに推定される。シアー米国防次官補は「ファイアリー・クロス礁に建設中の滑走路は17~18年頃に完成する」と述べているが、その通りであれば、ADIZ設定は18年以降になる。

いずれにしても中国の埋め立て工事は南シナ海全域における海軍活動のエアカバーをつくって制海権・制空権を確保し、事実上、南シナ海の実効支配を強化することであり、これは前項に揚げた軍事戦略に見合うものであろう。

これにより米空母機動部隊はもとより、南シナ海を航行する各国の船団も脅威を受けるか、あるいは、いつ脅威を受けるかもしれないという状況下におかれ、航行の自由が著しく阻害される。20年頃までに第1列島線内のエリア拒否を確立することはかねてからの中国の目標であったとみられていたが、すべては予想通りということになる。

ASEAN諸国はかねてより南シナ海における領有権問題が徐々に深刻化して、結果として中国に南シナ海全域を支配され各国の航行の自由が阻害されるだけでなく関係諸国間における紛争の火種になることを恐れてきた。またASEANの一体化が壊れることへの懸念も広がっていた。

各国はそのため南シナ海の領有権争いを国際法の原則に従い、平和的手段で解決すること、南シナ海の航行の自由を尊重することなどを柱とするDOC(行動宣言)を02年に約束し、更に、その後はこれを拘束力のあるCOC(行動規範)にするべく努力してきた。

しかし、中国や中国と親しい関係にあるASEAN諸国はCOCに反対し、現実には中国が予想通りに、南シナ海の実効支配を強化する実行手段に出てきたことにASEAN諸国は懸念と失望を隠さない。4月のG7外相会議声明、ASEAN首脳会議の議長声明や、5月のシャングリラ会合の際の日米豪国防相共同声明、6月のG7サミット共同声明において中国の大規模埋め立てが力を使って現状(status quo)を変更し、地域の緊張を高めるものとして非難したことは、各国がこの問題に対し、いかに大きな懸念を共有しているかを認識させるものである。

しかし、中国は5月31日のシャングリラ会合において孫建国副総参謀長が、「埋め立ては中国の主権の範囲内で完全に道理にかない合法である。この埋め立ては軍事・防衛上の必要なニーズを満たすためである」と主張して譲らなかった。中国が、埋め立て工事が軍事目的のためであることを認めた発言として注目されたが、それまでは捜索救助・災害救援・環境保護など人道目的とするものだと主張していたことを想起すると、いよいよ中国が本音を暴露したものと言えるだろう。

米国は、今まで南シナ海であれ、東シナ海であれ公海及び公海上空を航行の自由を阻害されることなく行動してきた。南シナ海の公海上における哨戒・監視活動を続けているが、中国は自国のEEZ(排他的経済水域、200海里=約370<CODE NUMTYPE=UG NUM=707C>)内を「海洋国土」と言って主権を主張してきたためEP-3の事件(01年南シナ海の中国EEZ内を飛行している米海軍情報機EP-3に対し中国海軍戦闘機が阻止しようとして衝突した事件)や米巡洋艦、P-8哨戒機への異常接近などの事案が発生した。

一方、米国政府は、南シナ海で中国が実効支配している島嶼の領空内(12海里)における哨戒活動は未だ認可していないようである。しかし、東シナ海における実効支配を強化しようと埋め立てを進め、いずれADIZ設定をもくろむ中国に対し有効な対抗手段を取り得る国は米国しかない。6月の米中戦略協議や9月の習近平訪米に期待する見方もあるが、この問題は対話で解決できるほど簡単ではない。

中国の力による現状変更措置に対しては、米国の持つ抑止機能を中核として米国の同盟国やパートナー国が支援しつつ、多国間協力によって問題を解決していくことが最も適切である。そのためには日米豪などの緊密な協力の下でASEAN諸国の能力向上を図ることが求められる。日本としても日米防衛協力ガイドラインと安保法制に基づいて必要な場合、米国の機能と任務を補完し、支援するために役割を果たしていくこと、及び海空防衛力の強化が必要である。日本の海上輸送路の自由航行が阻害されるようになれば、コストは掛かるが遠回りすれば良いなどということを考えるようでは南シナ海も東シナ海も中国によって内海化してしまい、周辺諸国における航行の自由は著しく阻害されることになろう。

国際法に基づく秩序維持は主張しておればそれで良いというものではなく、秩序維持のために行動しなければ、国際法秩序を無視する国の意思通りになってしまうのである。何のためにガイドラインを見直し、安保法制を政治的コストとリスクを覚悟で採択したのか改めて考えてみるべきである。

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